目白大学経営学部 准教授 髙辻 成彦 様
2026.2
本当に「機能する」コーポレートガバナンスについて
日本のコーポレートガバナンス改革について、どう評価されていますか? 「日本のコーポレートガバナンスに関する制度改正の取り組みは、一定の政策効果が出ていると考えています。日本人は真面目であり、国や東証など、制度上要請されたことには忠実に取り組む傾向があります。その点では、国や東証がルールを設定したことで、コーポレートガバナンスの改善に活用するための下地は、国や東証が整えたと言えるのではないでしょうか。日本の場合、制度設計に要請内容を盛り込むやり方が浸透しやすいと考えています。例えば、取締役のスキル・マトリックスは、2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの2回目の改訂の際に要請されましたが、この要請により一気に導入が進みました。導入のきっかけとして、制度変更の影響が非常に大きいと思います。ただし、制度変更の内容をどう本格的に活用するかは各上場企業の判断に委ねられています。最終的には、各企業の取締役が制度変更を踏まえ、どのように役割を果たすかにかかってくるのではないでしょうか。」 髙辻先生も社外取締役を務める中で、社外取締役が企業価値向上に貢献するために最も重要な役割は何でしょうか。また、実効性のある社外取締役と形式的な社外取締役の違いは何ですか。 「社外取締役が企業価値向上に貢献するうえで最も重要なのは、取締役会のスキル・マトリックスを俯瞰し、その中で自分の専門性に基づいた役割を忠実に果たすことだと思います。社外取締役には、個別に業績目標が設定されている訳ではありません。そのため、どこまで主体的に役割を果たすかは、個々人の使命感に依る部分が大きいと言えるでしょう。
また、社外取締役が取り組もうとしていることと、機関投資家などの外部が上場企業に求めていることとは必ずしも一致していません。社外取締役自身も外部との接点を持ち、認識をすり合わせ、対話する機会を持つことが大切だと思います。私自身も、その一環として継続的に機関投資家・アナリスト向けの決算説明会に出席し、外部と接し、対話する機会を持つようにしています。」 「ガバナンスを機能させるための工夫」について、すぐに取り組むことができる施策について教えてください。 コーポレートガバナンスを機能させるためには先ず、外部からの視点を参考にすることが重要だと思います。
例えば、セルサイドアナリストのカバーがなかったり、応援してくれる機関投資家がいなかったりする上場企業の場合、外部から指摘を受ける機会が少なく、自社が証券市場からどのように見られているのか、気づきにくい傾向があります。そのため、先ずはセルサイドアナリストのカバーを増やす取り組みや、機関投資家のファンを増やす取り組みなど、IR活動を強化することが有効だと思います。
こうした取り組みは、結果的に時価総額の向上にもつながりますし、資本コストの低減にもつながる可能性があります。ですから、IRの取り組みがまだ十分でない上場企業には、ぜひ取り組んでいただきたいと思います。外部からの率直な意見を取り入れられる関係性を構築することは、コーポレートガバナンスを機能させる上でも非常に重要だと考えています。」 取締役会の実効性を高めるために、議論の質をどのように向上させるべきでしょうか? 「取締役会の実効性を高めるためには、報告時間を減らし、議論の時間を増やすことが重要だと思います。
報告する側としては、できるだけ多くのことを説明したいという心理が働くため、結果として報告時間が長くなりがちです。しかし、取締役会として本当に重要なのは、報告時間の長さではなく、報告内容を踏まえて、今後どう対応していくのかという改善策を議論することです。そのため、報告は要点を簡潔にまとめて伝える工夫が必要になります。報告時間が端的で短くなれば、その分、自然と議論の時間を確保することができ、取締役会の実効性も高まるのではないかと思います。」 会社法について、取締役が会社法を正しく理解することの重要性について教えてください。 「会社法については、取締役が基本的な内容を正しく理解しておくことが非常に重要だと思います。例えば、議決権行使の要件を理解していなければ、株主総会における票読みを考えることもできません。株主総会の運営や意思決定に関わる以上、その前提となるルールを把握しておくことは欠かせないと思います。
また、最低限の会社法や金融商品取引法の知識がなければ、取締役会などで行われる実務上の議論についていくことが難しくなる可能性もあります。そのため、特に取締役に就任されたばかりの方については、できるだけ早い段階でこうした基礎的な知識を学んでおくことが必要ではないかと考えています。」
IR担当・アナリスト・取締役からの多面的な視点について
先生が異なる3つの立場の経験から見えてきた、「機関投資家と上場企業の対話」における課題は何でしょうか? 「私自身、上場企業の広報・IR担当、アナリスト、そして現在は社外取締役という3つの立場を経験してきましたが、その中で感じているのは、IRに対する認識が上場企業ごとに大きく異なるという点です。IRに対する理解がある上場企業と、そうではない上場企業とでは、IRの捉え方そのものが違います。業績については、営業体制を強化するなど、改善策が周囲にも分かりやすいです。一方で、株価や時価総額については、目標を設定し、どのように改善していくのかという発想が、まだ上場企業において十分には浸透していないと感じています。IR活動についても、上場企業側が受け身で対応するのではなく、自ら取材件数を増やしていくなど、営業活動と同じように主体的に強化していく取り組みが必要だと思います。」 髙辻先生はIR担当時代の実例を話してくれました。 「私が広報・IR担当を務めていたナブテスコでは、私が担当になったタイミングで新社長が就任しました。ところが、その直後に景気後退の影響で業績が悪化しました。機械業界の場合、業界統計を継続的にチェックすれば、業界の好不調の状況は、外部からも明らかです。外部環境の変化を無視して業績面で強気な発言を述べるのではなく、上場企業としてできるだけ誠実で正直な情報開示に努めたことが、好評価につながったと認識しています。自社にとって都合の良い情報だけを開示するのではなく、都合の悪い情報についても早めに開示する姿勢は、外部からの信頼が得やすくなります。これには、当時の社長が「オープン、フェア、オネスト」の考えを対外的に述べられており、誠実な人柄もプラスに寄与したと思います。
また、主力事業が8つもあり、セルサイドアナリストにとっても分析しにくい事業構造でした。そのため、業績については、顧客である大手機械メーカーの動向を踏まえて端的に説明することを心掛けました。こうした取り組みも、セルサイドアナリストからの信頼につながったと思います。私が就任した当初は、メガバンク系証券会社のアナリストカバーがありませんでしたが、最終的には私が退任する頃には3社すべてにカバーしていただけるようになりました。」 投資家やアナリストが上場企業を評価する際に最も重視するポイントについて、上場企業側が見落としがちな評価視点があれば教えてください。 「機関投資家やアナリストが上場企業を評価する際には、先ず業績の先行きが重要なポイントになります。ただし、常に業績を拡大し続ける上場企業はなかなか存在しないと思います。そのため、業績だけでなく、自社に都合が悪い事態が生じた際にどのように対応するのかも非常に重要な評価ポイントになります。例えば、問題が発生した際に速やかに情報開示を行うことや、起きた事象について端的に説明できるようにすることは、機関投資家やアナリストからの信頼を得る上で大切な要素です。
しかしながら、直近の業界動向や業績を即座に端的に相手に納得できるように説明することは、容易ではありません。機関投資家やアナリストは、取材対象となる上場企業だけでなく、競合他社や顧客にも取材を行っており、業界動向に関する幅広い知見や情報を有しています。そのため、機関投資家やアナリストと同じレベルで対話するためには、上場企業側も競合他社や顧客の直近の動向を踏まえて説明する対応が必要になります。
外部の業界動向と社内の見解を比較し、もし社内の見解が間違っている場合には、それを修正するよう促していく相対評価の視点を持つことも重要です。特に景気が変わる局面においては、外部の機関投資家やアナリストの方が先に景気の変化に気づくことが多いため、彼ら外部の見方も常に対話を通じて情報収集しておく必要があると思います。」
今後の展望と読者へのメッセージ
資本コスト経営やガバナンス改革が進むことで、日本企業はどのように変わっていくとお考えですか? 「東証の資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応の要請については、資本コスト経営の導入を促す上で一定の進展があったと思います。ただし、もう一段の工夫が必要と感じています。現在は制度上の下地を整えた段階ですが、実務面での活用が普及する段階には、まだ制度改善の余地があるのではないでしょうか。特に対話する上で問題となるのは、『資本コスト』という言葉が何を指しているのかという点です。具体的には、加重平均資本コスト(WACC)と株主資本コストの2つがありますが、どちらを指しているのかが曖昧なまま上場企業のIRツールで記述されているケースが、統合報告書などで見受けられます。その背景としては、資本コストの中身の理解が十分には浸透していないためだと考えます。
このような状況では、資本コストの考え方が実務面で本格的に活用されるまでには、まだ時間がかかるのではないでしょうか。もし制度面でのもう一段の改善の工夫がなければ、資本コストの言葉だけが広まり、資本コストの実務面での浸透が十分に進まない可能性もあると考えております。」 コーポレートガバナンスや資本市場を巡る制度は常に変化していますが、取締役が継続的に学び続けるために、どのようなマインドセットをお勧めされますか? 「コーポレートガバナンスに関する制度改正は頻繁に行われているため、取締役も継続的に学び続ける姿勢が重要だと思います。世の中には様々な考え方を持つ人がいますし、自己研鑽に努めている人からは多くの刺激を受けることができます。
ただし、取締役という立場になると、社内では周囲が気を遣ってしまい、必ずしも必要な情報が入ってこないことも起こり得ます。そのため、他社の取締役との会合に参加したり、資格取得や勉強会などの学びの場に足を運んだりすることも大切だと思います。
こうした場を通じて、常に学び続ける必要性を意識し続けることが、結果として経営をより良くしていくことにもつながるのではないでしょうか。」 最後に、本書を手に取る読者の方々へ、著者としてのメッセージをお願いします。本書をどのように活用してほしいか、読後にどのような行動を期待されているか、お聞かせください。 「本書は、『IR戦略の実務』、『企業価値評価の教科書』と合わせて企業財務3部作となっています。ただし、読む順番については特に決まりはありませんので、ご自身の関心のあるテーマから手に取っていただければと思います。
また、この本を手に取ってくださる方は、社内の立場であれば、自社をより良くしたいという改善意欲をお持ちの方ではないかと思います。そうした方には、社内での議論や説得の材料として活用していただければ嬉しく思います。一方で、社外取締役の立場で読まれる方もいらっしゃると思います。そうした方には、上場企業に対して改革や改善を促す際の参考として、ぜひ3部作を活用し、実務の中で役立てていただければと思います。」
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髙辻 成彦
